警察の交通取締りは、現場の判断だけで行われているわけではありません。国家公安委員会・警察庁は毎年度「交通安全業務計画」をつくり、その年度にどんな違反へ重点を置くのか、どんな機材を整えるのかを文書で示しています。
ここでは、令和8年度(2026年4月〜2027年3月)の計画のうち、取締りを扱う「第4 道路交通秩序の維持」の章を中心に原文で読みます。そのうえで令和7年度版と突き合わせ、何が新しく書き込まれたのかを整理します。
交通安全業務計画とは
交通安全業務計画は、交通安全対策基本法第24条にもとづく計画です。同条第1項は、指定行政機関の長は交通安全基本計画にもとづき、その所掌事務に関し「毎年度、交通安全業務計画を作成しなければならない」と定めています。
国家公安委員会・警察庁の計画は、同条第1項・第2項にもとづき、その年度に国家公安委員会・警察庁が講じる施策と、管区警察局・都道府県警察が講じる施策の計画をつくるときの基準となる事項を定めるものです(計画 第1章 第1)。つまり、全国の都道府県警察の取締りの方針のおおもとにあたります。
令和8年度版は、第12次交通安全基本計画(令和8年3月 中央交通安全対策会議決定)にもとづいています。令和7年度版が第11次計画にもとづいていたので、第12次計画の期間に入ってから最初の業務計画ということになります。
計画は冒頭で、令和7年中の交通事故による死者数が2,547人で、統計が残る昭和23年以降で最少になったとしたうえで、こどもが犠牲になる事故や飲酒運転等による重大事故が後を絶たないこと、高齢運転者による死亡事故の割合が増加傾向にあることを挙げ、各種施策を「一層総合的かつ強力に推進する」としています(第1章 第2)。
取締りの章の組み立て
取締りは、第2章「国家公安委員会及び警察庁が交通安全に関し講ずべき施策」の「第4 道路交通秩序の維持」で扱われています。その「1 効果的な交通指導取締り活動の推進」は、令和8年度版では次の9項目です。
※ 令和8年度国家公安委員会・警察庁交通安全業務計画 第2章 第4 1 の項目です。令和7年度版は同じ箇所が7項目でした。詳細は必ず公式情報をご確認ください。
どんな違反に重点を置くのか
(1) の最初の段落は、取締り全体の考え方です。計画は、平成25年の「交通事故抑止に資する取締り・速度規制等の在り方に関する提言」を踏まえ、取締りの方針の策定、実行、効果の検証、検証結果の方針への反映というPDCAサイクルで取締り全般を管理し、「限られた体制での交通死亡事故の抑止に資する交通指導取締り」を進めるとしています。この考え方は、速度取締り指針の記事で扱った通達と同じ流れにあります。
そのうえで、重点を置く違反を次のように書いています。
- 飲酒運転のほか、著しい速度超過等の交通死亡事故に直結する悪質性・危険性の高い違反
- 国民から取締り要望の多い迷惑性の高い違反
これらの違反をする運転者への注意喚起に結びつくよう、「広報と一体となった交通指導取締り」を進めるとしています。
個別の違反については、次のように書かれています。
- 速度超過: 速度に起因する死亡事故等の発生状況等を踏まえて路線・時間帯等を選んで取り締まる。取締り場所の確保が難しい生活道路や、警察官の配置が難しい時間帯でも取締りができるよう、可搬式速度違反自動取締装置のさらなる整備を進める。
- 妨害運転(あおり運転): 客観的な証拠資料を積極的に集め、妨害運転罪や危険運転致死傷罪(妨害目的運転)等の「あらゆる法令を駆使して」厳正な捜査を徹底する。
- 横断歩道: 信号機のない横断歩道での歩行者優先を徹底するため、横断中はもとより「横断しようとする歩行者」の保護に資する取締りを重点的に行う。
- シートベルト・チャイルドシート: 被害の軽減を進めるため、着用・使用に関する取締りの徹底を図る。
高速道路については別の章(第5 高速道路における諸対策の推進)があり、妨害運転、著しい速度超過、飲酒運転、車間距離不保持、交通の流れを阻害する通行帯違反、携帯電話使用等を重点とした取締りを進めるとしています。
令和7年度版から加わったこと
令和7年度版の同じ章と原文を突き合わせると、令和8年度版で新たに書き込まれた内容がいくつかあります。
※ 令和7年度・令和8年度の国家公安委員会・警察庁交通安全業務計画(第2章 第4・第5・第9)の原文の比較です。詳細は必ず公式情報をご確認ください。
取締りの適正性を客観的に示す
最も大きな追加は、(1)イ「取締りの適正性の確保等」が小項目として立てられたことです。計画は、幹部による業務管理と部下職員への指導教養を徹底するほか、「交通違反取締りの適正性を客観的に疎明するための手法の導入に向けた取組を強化する」としています。
具体的な手段として挙がっているのがウェアラブルカメラです。職務執行の適正性の確保と証拠の保全の観点から、モデル事業の実施結果等を踏まえ、交通取締りの現場への「早期実装に向けた取組を進める」としています。モデル事業の中身と、きっかけとなった不適正な取締り事案への警察庁の対応は、適正な交通違反取締りの確保通達の記事で扱っています。
同じ小項目には、データ端末による交通反則切符の作成に加えて、交通反則金の納付方法の多様化に向けた検討を進めることも書かれています。令和7年度版にあったのは切符の作成の検討までで、反則金の納付方法は令和8年度版で加わった部分です。いずれも「検討を進める」という書き方で、時期や方法は示されていません。
ポイント:ウェアラブルカメラも反則金の納付方法も、計画の書き方は「取組を進める」「検討を進める」です。令和8年度中に全国で導入されると読める表現ではありません。
自転車は「指導警告が原則」と書き分け
自転車の項目は、見出しが令和7年度版の「強化」から「推進」に変わりました。本文は、自転車指導啓発重点地区・路線を中心に「指導警告を行うことを原則とし、悪質・危険な交通違反に対しては検挙措置を講じる」としています。
検挙の手段も書き分けられています。飲酒運転等の重大な違反や、実際に事故の原因となった違反は交通切符(いわゆる「赤切符」)等で検挙します。反則行為のうち重大な事故に直結するおそれの高い違反や、違反の結果として実際に危険が生じた場合、警察官の指導警告に従わない場合などは、交通反則通告制度を適用して交通反則切符(いわゆる「青切符」)で検挙するとしています。2026年4月1日に始まった自転車の青切符が、計画の文言に入った形です。制度の中身は自転車の青切符の記事にまとめています。
電動モビリティは2項目に
令和7年度版では「電動モビリティによる悪質・危険な運転に対する取締りの強化」という1つの項目の中で、特定小型原動機付自転車とペダル付電動バイクを扱っていました。令和8年度版はこれを分け、(7) 特定小型原動機付自転車、(8) ペダル付き電動バイクとしています。
特定小型原動機付自転車(いわゆる電動キックボード)は、飲酒運転・信号無視等の悪質・危険な違反のほか、通行区分違反、横断歩行者妨害等の歩行者に危険を及ぼすおそれの高い違反に重点を置くという内容で、令和7年度版と同じです。違反と事故の件数は電動キックボードの違反と取締りの記事で扱っています。
ペダル付き電動バイクは、令和7年度版では「無免許運転や整備不良等の違反行為」への積極的な取締りでしたが、令和8年度版では「無免許運転や通行区分違反等の悪質・危険な運転」に対する指導取締りの強化になりました。
「ながらスマホ」と白タク・白トラ
携帯電話使用等の項目は、見出しが「『ながらスマホ』の取締りの強化」になりました。本文は、運転中の携帯電話等の使用は重大な事故につながり得る「極めて危険な行為」であるとして取締りを強化するとし、禁止規定が自動運行装置を適切に使用中の運転者には適用されないことに留意する、という注記も置いています。違反の中身はながらスマホの記事を参照してください。
いわゆる白タク・白トラは、令和8年度版で取締りの章に項目として加わりました。関係機関と連携した広報啓発と取締りの強化に加え、末端の被疑者の検挙にとどまらず、組織的な突き上げ捜査で上位の被疑者を検挙することや、犯罪収益の没収、車両の使用制限などを組み合わせるとしています。
業務の評価は「取締り件数の多寡」ではない
取締りの章の外ですが、第2章「第9 交通事故防止対策について国民の理解を深めるための情報発信等」にも、読者に関わる書き込みがあります。
その「2 交通事故防止に資する業務の適切な評価の実施」は、令和7年度版では、職員への指導教養を徹底するとともに業務に対する「適切な評価を行う」と書くだけでした。令和8年度版は、交通事故防止に資する業務の評価は「単に取締り件数の多寡によって行うべきものではなく」、PDCAサイクルにもとづく指導取締り業務の管理の下で、真に交通事故防止に資するものとなっているかという観点から行うべきだとし、実施した取締りの内容に加えて交通街頭活動も評価の対象にするとしています。
取締りにはノルマがある、という話を目にすることがあります。計画自体はノルマの有無には触れていません。ただ、警察庁が都道府県警察の計画の基準として示す文書に、取締りの件数で業務を評価しないという考え方が書き込まれたことは確かです。
同じ第9の「1」では、適切な速度規制を、道路交通環境の整備・取締り・交通安全教育・広報啓発等で守らせる「総合的な速度管理」について、都道府県警察単位の指針と警察署等の地域単位の取締りの指針の情報発信を進めるとしています。
変わらなかったこと
令和8年度版でも、次の点は令和7年度版とほぼ同じ文言で引き継がれています。
- 取締り全般をPDCAサイクルで管理し、飲酒運転・著しい速度超過等と迷惑性の高い違反に重点を置くこと
- 生活道路や警察官の配置が難しい時間帯に向けた可搬式速度違反自動取締装置の整備
- 飲酒運転を検挙した際に、車両の提供者・酒類の提供者・同乗者・車両の使用者などまで捜査すること
- 通学路で登下校時間帯に重点を置き、可搬式速度違反自動取締装置も使って速度取締りを行うこと
実際にどの違反がどれだけ取り締まられているかは、令和8年上半期の取締り状況の記事で件数を確認できます。
まとめ
令和8年度の交通安全業務計画は、飲酒運転や著しい速度超過などの悪質・危険な違反と、迷惑性の高い違反に重点を置くという取締りの骨格を前年度から引き継いでいます。そのうえで、取締りの適正性を客観的に示す取組(ウェアラブルカメラ)、白タク・白トラ、ペダル付き電動バイクの独立、自転車の指導警告の原則、そして「取締り件数の多寡」で評価しないという考え方が新たに書き込まれました。
計画に並ぶ重点は、事故につながりやすい行為の一覧でもあります。速度を控えめに、横断歩道の手前では歩行者に気を配り、運転中はスマートフォンを手に取らない。取締りの有無にかかわらず、その基本を守って運転してください。
見かけた取り締まりを共有して、みんなの注意喚起に。
よくある質問
交通安全対策基本法第24条にもとづき、指定行政機関の長が交通安全基本計画にもとづいて毎年度つくる計画です。国家公安委員会・警察庁の計画は、その年度に国家公安委員会・警察庁が講じる交通安全の施策と、管区警察局・都道府県警察が講じる施策の計画をつくる際の基準を定めています。令和8年度版は第12次交通安全基本計画(令和8年3月 中央交通安全対策会議決定)にもとづいています。
計画は、飲酒運転のほか、著しい速度超過など交通死亡事故に直結する悪質性・危険性の高い違反と、国民から取締り要望の多い迷惑性の高い違反に重点を置くとしています。あわせて、信号機のない横断歩道での歩行者の保護、シートベルト・チャイルドシート、妨害運転、「ながらスマホ」などについても個別に取締りの方針を示しています。
計画自体はノルマの有無を書いていません。そのうえで令和8年度版は、交通事故防止に資する業務の評価について「単に取締り件数の多寡によって行うべきものではなく」、PDCAサイクルにもとづく指導取締り業務の管理の下で、真に交通事故防止に資するものとなっているかという観点から行うべきだとし、交通街頭活動も評価の対象にするとしています。この一文は令和7年度版にはありませんでした。
令和8年度版の計画は、自転車の指導取締りについて、自転車指導啓発重点地区・路線を中心に「指導警告を行うことを原則とし、悪質・危険な交通違反に対しては検挙措置を講じる」としています。飲酒運転などの重大な違反や事故の原因になった違反は赤切符等、反則行為のうち重大な事故に直結するおそれの高い違反や、実際に危険が生じた場合、警察官の指導警告に従わない場合などは青切符による検挙措置を講じるとしています。
令和8年度版の計画は、ウェアラブルカメラの活用に関するモデル事業の実施結果等を踏まえ、交通取締りの現場におけるウェアラブルカメラの早期実装に向けた取組を進めるとしています。「実装に向けた取組を進める」という書き方で、全国で使われているとは書いていません。
都道府県別の取り締まりデータ
道路交通法違反の検挙件数(人口千人当たり・2023年度)は都道府県で差があります。全国平均は 36.1件。
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